雨の中を走り、
ひとつの橋を渡ったとき、
空気が静かに切り替わるのを感じました。
茨城にある 鹿島神宮 を訪れた日の、深呼吸の記録です。
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呼ばれるように向かう場所
鹿島神宮には、もう15年ほど前から通っています。
理由はうまく言葉にできないけれど、
気づくと、いつも“呼ばれるように”足が向いている神社です。
その日も、特別な目的があったわけではありません。
ただ、行くタイミングが来た。それだけでした。
雨の中で渡った、ひとつの境目
向かう道中は、ずっと雨。
ひんやりとした空気の中、
バイクで走ると、雨粒が肌に当たる感覚が
いつもよりはっきりと伝わってきました。
鹿島神宮に近づくと、
まだ神社からは距離のある場所に、
神宮橋と呼ばれる大きな橋があります。
その橋に差しかかった瞬間、
視界がぱっと開け、目の前に大きな水面が広がりました。
雨にけむる景色の中に、
川と海がまじわる境目が、くっきりと見えたのです。
水の層が重なり合う、その一本の線が、
すっと胸の奥に沁みてきました。
「もう神域に入ったんだな」
鳥居よりもずっと手前なのに、
私にとっては、あの橋が“境目”として刻まれています。
雨が上がり、光が差し込んだ瞬間
境内に着いても、参拝客はほとんどおらず、聞こえるのは雨音だけ。
静かな空気が広がっていました。
本殿で手を合わせた、その瞬間。
ふっと雨が上がり、雲のあいだから光が差し込んできました。
ここに祀られているのは、タケミカヅチという“武”の神さま。
けれど、そのときに感じたのは、
力強さというよりも、迷いをすっと払ってくれるような、あたたかさでした。
御手洗池で映し出された、今の自分
奥宮で手を合わせたあと、
さらに森の奥へ進むと、御手洗池(みたらしいけ)が現れます。

湧き水の池で、水面はほとんど揺れず、
ただ透明で、
「在る」という静けさだけが漂う場所。
その水を眺めていると、
自分の中のざわめきが、
すっと静まっていくのを感じました。
雨あがりの光、
森の湿った香り、
池の澄んだ青。
それらが重なったとき、
「ああ、今の私は、こういう状態だったんだな」
と、自然にわかりました。
その気づきが、
水面の波紋のように、
ゆっくりと広がっていく感覚がありました。
戻ってくる場所
鹿島神宮は、訪れるたびに、
「戻ってくる場所」を思い出させてくれる神社です。
あの橋を渡るとき、
また、自分に戻る入口に立てますように。
そんなふうに、
静かに願いながら、
深呼吸をして、神社をあとにしました。
なかあなたにとって、
空気が切り替わる「境目」は、どこにありますか?


