香取神宮

気づくと、毎年、
秋から冬へ向かう頃に足が向いている神社があります。

千葉にある 香取神宮

今日は、そこを訪れた日のことをお話ししようと思います。


音声版はこちらからどうぞ。
(※リンクをクリックすると、stand.fm のサイトが開きます。)

目次

いつの間にか、ルーティンになっていた道

香取神宮へ向かう日は、
なぜかいつも、雲ひとつない青空が広がっています。

朝早い時間帯のため、人の気配もほとんどありません。

利根川沿いの水郷ラインを走り、
河口へ向かうように、川をなぞる道。

気づけばそれが、
私の中では自然なルーティンになっていました。

参道に満ちる、静けさ

駐車場にバイクを停め、
一の鳥居をくぐると参道が斜めに、すっと奥へ伸びています。

空気はとても穏やかで、
聞こえてくるのは、風の音や、足元の砂利の音だけ。

雑音のようなものが、ほとんど入ってきません。

境内に入ると、
右手に、とても大きな御神木が立っています。

なぜか、
そこに引き寄せられるような感覚がありました。

本殿で手を合わせたあと、
しばらく御神木の前に立ち、
ただ、その場の空気を感じていました。

すると、
身体の奥にたまっていた疲れが、すっと抜けていくように感じます。

肩の力が、ゆっくりと抜けていく。

呼吸が、少しずつ深くなっていく。

木の前に立っているだけなのに、
何かに支えられているような感覚がありました。

奥へ進むにつれて、止まっていくもの

そのあと、
また引き寄せられるように、奥宮へ向かいました。

奥へ進むにつれて、
空気が変わるというより、
音が、ひとつずつ消えていくように感じます。

人の気配が遠のき、時間が、少し止まったような感覚。

静か、というよりも、「無」に近い空間。

世界に、自分だけが立っているような感覚になります。

少しだけ、怖さもあるけれど、
それは何かに包まれる怖さではなくて。

自分の中にある、
ごまかしや、言い訳、使い慣れた理屈が、
ひとつずつ削がれていくような感覚でした。

何も纏わない、そのままの自分で立っている。

でも、それが不思議と、怖くありません。

ここに祀られているのは、
経津主大神(ふつぬしのおおかみ)

「武」の神さまと伝えられていますが、
その力はとても静かで、迷いを断ち
立つ位置を、そっと示してくれるように感じました。

日常へ、そのまま戻る

参拝を終えて境内を出ると、
強い余韻が残るわけではありません。

けれど、
視界はとてもクリアで、迷いが、すっと引いている。

特別な場所から戻る、という感覚ではなく、日常に、そのまま戻る。

ただ、立っている位置だけが、少し整っている。

そんな感覚でした。


なか

いまのあなたは、
どんな立ち位置で、ここに立っていますか。

帰りに…

余談ですが、帰りに立ち寄ったのが、香取名物の厄落とし団子。
神社を出て、日常に戻るこの感じも、好きな時間です

目次